3人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話 はじめての東京
車窓の向こう側は清々しいほどに良い天気だった。
今は5月半ば。
梅雨入り前の、どこか夏の入りを感じさせる時期だ。
今週末より後は曇りや雨が続くそうで、好天の今日は思いっきり遊ぼうと決めていた。
「ソウタ。お金はちゃんと持ってきてる?」
「もちろんだよ。母さんにお小遣いもらったからね。サヤカこそどうなの?」
「私はお年玉が残ってるもん。だからバッチリよ」
「すごい。お年玉なんて、僕はもらった翌日には全部使っちゃったよ」
「それはいくらなんでも……あげた人は寂しかったでしょうね」
常磐線の車内にあるボックス席に、僕らは並んで座っていた。
隣に居るサヤカは昔からの友達で、今も同じ中学に通ってる女の子だ。
周りの人たちは彼女の事をやれ可愛いだの、肌が綺麗だの、将来はモデルさんだのと褒めちぎる。
小さい頃から見慣れている僕からすると、自分より頭一個分だけ小柄な、普通の友達だった。
気心知った異性という意味では特別だけども。
「はぁ、緊張してきた。ソウタは?」
「今はそれほど。昨晩の方がよっぽどだったね。眠れなかったから」
彼女と出掛けるのは珍しい事じゃない。
週末になれば大抵どちらからか誘い、目的が有っても無くても一緒に居る事が多い。
だから緊張しているのは、女の子とお出掛けが理由じゃない。
これから生まれて初めて遊びに行くからだ。
ーーあこがれの東京に!
「次が上野だね。そこで山手線に乗り換えて、しばらく乗ると渋谷だよ」
「渋谷かぁ……人が一杯いるんだろうなぁ。有名人とか居たりして!」
「アイドルとか……野球選手とか?」
「もっともっとよ。総理大臣とか、ハリウッド女優とか石油王とか!」
「うわぁ、そんな人たちに会えるんだ。やっぱり東京ってすごいなぁ!」
「ホントよねぇ。大人になったら東京人になりたいわぁ」
僕たちは夢想した。
際限の無い願望を都会に押し付けるようにして。
これから起きる、とんでもない事件の事など知る由もない。
抜けるような青空。
定刻通りの電車。
穏やかな週末を楽しむ僕ら、そして他の乗客たち。
そこには何一つとして、不吉さを感じさせるものは無かった。
最初のコメントを投稿しよう!