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その朝、子供部屋の窓をこつこつ叩く音がして、ガラスの向こうで、「イビー、蟹を取りに行こうよ」と、ホセの声が聞えた時、私はまだぐっすり眠っていた。
これは夢だ、これは夢だ、と考えていた。
「イビー?」
ふっと目が覚めた。明るい朝だ。
「行くわ」と、私は目をこすりながら起き上がった。
枕もとのクリスタルの鈴を振ると、すぐに乳母が部屋に来て、フランス窓を開けた。海からの風が、さあっと吹き込んだ。
ホセは、開けたバルコニーから入って来て、「やあ」と挨拶した。冷たい朝の風には、プルメリアの花の甘い香りと、ホセの匂いが混じっていた。それは、生まれてから一度もお湯で洗った事のない、小さな褐色の体に染み着いた匂いだった。
ホセはいつも通りパンツ一枚の裸だった。彼は未だに三歳児ほどの背丈しかなくて、小学二年生にはとうてい見えない。もっとも、彼は学校へは行っていない。
乳母はちょっと眉を潜めて、「ホセ、お城には来るな、と言ったはずだね」と口を尖らせたけれど、別に追い出しはしなかった。彼女はホセを可愛がっていた。「ホセは利口だ」とよく言っていた。
階下のテラスから朝ご飯の、焦げたベーコンとバタの巻きパン、珈琲の匂いが流れて来た。お客や、母や姉たちの笑い声が聞えていた。
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