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手の中の蟹は生き生きと元気で、掴まれた甲羅から精一杯、手足を伸ばしてもがいていた。投げ込んだ籠からごそごそ逃げ出して行くのを、リタが片端から草で縛る。手足をがんじがらめにされた蟹は、籠の底でじっと動かない。
そのうちに太陽が高くなった。岩場をうじゃうじゃ埋めていた蟹は、いつのまにかいなくなっていた。
「イビー、蟹、半分ずつしような」
「いらないわ、みんなあげるわ」
ホセは嬉しそうに笑った。もうずっと前に抜けたままの前歯が二本、小さな口の中を空洞のように見せていた。私の歯はもう全部生え変わっていた。
「イビー、俺、蟹、売りに行くよ」
「あたしも、蟹、売りに行くよ」
「駄目だよ。島中を、歩いて回るんだから」
「そうですよ、イビーちゃま。そろそろバイオリンのお稽古の時刻です」
リタの手には、蟹の引っかき傷が幾筋もあった。薄い血が滲んでいた。
「じゃ、俺、行くよ」
ホセは、蟹の籠を小さな背中に背負った。籠は、ほとんど彼の背丈と同じだった。
「ホセ、カニ売りから帰ったら、また遊ぼうね」
「うん。でも、遅くなるよ。母ちゃんが椰子の油を欲しがってたから、島はずれの、中国人の店でわけてもらうんだ」
「椰子の油は、中国人が作るの?」
「ちがうよ。店で使った古い油、捨てないで売ってくれるんだ」
「ふうん」
「あの油は真っ黒で、チキンだの豚だの、魚の味が染み込んでいて、ご飯にかけて喰うと美味いよ」
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