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  昨年の冬至に、日本の各地域で奇病が同時発生した。明るい場所にいると体が消えたように透明になり、何かに触れることも声を出すこともできなくなる。自然光も照明もキャンドルの炎もダメ。通称「透明病」は原因不明で、患者の共通点は「冬至の昼下がりに柚子を触っていた」ことだけだ。多くの患者が発症した都心の某高級スーパーでは、きれいに形の揃った柚子が、いっせいに床に転がったという。  物理的な接触が不可能では、衣服の着用だって難しい。早急に深夜対応の対策機関が設置されたものの、暗闇では検査がままならないだけでなく二次被害も多発し、即閉鎖となった。  しかし透明病は、全ての電飾が撤去された闇のクリスマスを境に収束へ向かう。発症から早くて2日、遅くても1週間ほどで、患者の多くが自然治癒したのだ。  街には再び灯りが戻った。  ただし僕のように、発症から半年経っていまだ治らない患者もわずかにいる。  長期化した患者はもはや光源に抗う気力なく、日中はほぼ透明化している。不幸中の幸いというのか、透明化している間は思考力が低下し、食欲や排泄欲といった生理的欲求もなくなる。考えようによってはエコ。かくいう僕も、夜起きて政府から支給された弁当を食べたあと、唯一の家族である黒猫を朝までモフることだけが生きる希望になっている。  最近になって、個人差はあれど症状は時間と共に緩和することがわかった。僕もごく微量の光であれば実体を保っていられるようになったし、ディスプレイの明るさを極限まで落とせば、パソコンやスマホにも触れる。友人知人に生存報告ができたときは、ちょっと泣いた。  まあ、いずれ治るだろう。冬至に始まった冗談のような事件なら、夏至にサプライズがあってもおかしくない。もしかしたら数時間後の夜明け、朝日を受ける艷やかな毛並みを存分に愛でながら、黒猫に「おはよう」が言えるかもしれない。この短い夜には、そんな期待をしたくもなるんだ。
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