誰も知らない恋慕の蕾

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 寒い冬が終わり、春を迎えた頃、彼女の姿を全く見なくなった。  連休でもとっているのかと思ったが、一週間が過ぎても一か月が過ぎても彼女はこのコンビニに来ることは無かった。  体調でも悪くなったのだろうか。それとも急な辞令で引っ越しでもしたのだろうか。  彼女が来店していた時間が、ぽっかりと穴が空いたかのように暇になった。  「あれ? こんなに時間が過ぎるの遅かったっけ?」と思いながら、十分置きくらいの間隔で時計に目が行くようになってしまった。  そして、彼女がこなくなって三か月が過ぎようとした頃、たまたま、本屋に立ち寄った時、見覚えのある姿が目に止まった。 「ーーあ」  彼女だ。  俺の良く知っているスーツ姿ではない、ひらりとした緑のスカートに白いシャツ、いつも黒のストッキングで隠れていた白い足が露出し、彼女の華奢な体格を露わにしていた。  そして、彼女の横には、背の高い今流行りの服を綺麗に着こなしている爽やかな男性が立っていた。  少し離れたこの距離からでも分かる。二人が特別な関係だということを。  一瞬、彼女の左手にキラリと光ったものが見えた。 「……なんだ、そういうことか」  彼女がパタリとコンビニに来なくなったのは、病気や転勤でもなかった。  ーーあの時、声を掛けなくて良かった。余分なお節介もしなくて正解だったじゃないか。  だって、今の彼女は、俺がいつも見ていた疲れ切った表情とは全く違い、花が咲く様な笑顔だから。  最初から、彼女を喜ばせる役目は、ただのコンビニ店員の俺じゃなかったんだ。  とっくに彼女の隣に存在していたんだ。  とりあえず、常連さんが病気で塞ぎ込んでいない事に安堵しのと同時に、心臓が少しだけ重くなった。  幸せそうな二人を眺めていると、二人が一冊の雑誌を持って、此方に向かって歩いてきた。擦れ違う瞬間、一瞬だけ、彼女と目が合ったような気がしたが、それだけだった。 「まあ、そうだよな」  情けなく、そう呟いた後、胸の中の痛みに気付かないふりをして、一冊の求人雑誌に手を伸ばしたーー。 【完】
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