3人が本棚に入れています
本棚に追加
(昨日……そんなに飲んだのか? 言われてみれば頭がガンガンする。少しぼーっとするのも、そのせいか。飲みすぎて記憶がなくなった……? 普段そんなに深酒なんてしないんだが……)
顎を触りながら、しきりに記憶を辿る木下の姿を、田中は不審に思った。懐から胃腸薬を取り出し、木下に差し出す。
「係長、二日酔いは不味いですよ。シャッキリしないと……って、俺の言う台詞じゃないですよね。それじゃ、先行ってますから」
「あ……ああ。ありがとう」
渡された胃腸薬の箱を左手に持ち、カサカサと振る。
(午前様なんて、したことはないんだが……)
田中の言う、昨夜の自分の行動に、納得できないでいた。
(何かがおかしい。でも、それが何なのか、俺にはわからない……)
目の前の自販機から、いつもの珈琲を買う。もたれた胃に珈琲の苦さが染み込む。缶を捨て、人の群れに混じって事務室へ向かう木下の右手には、朝、間違いなく自宅から出勤したことを示す、愛妻弁当の重みがずっしりと感じられていた。
*
昼休み、どうしても気になって、木下は自宅に電話をかけた。
昨日の記憶、断片すら思い出せないことに、胸騒ぎがしていた。
「もしもし、俺だけど……」
屋上で誰にも聞かれないように、こっそりと電話する。
夏の日差しはじりじりと今日も容赦なく照り付けていて、貯水塔の日陰にいても汗が大量に噴き出るほどだった。
最初のコメントを投稿しよう!