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(そうだ、エレベーターなんかで下りるからいけないんだ。階段だ、階段を使えばいいじゃないか。そうしたら、あんなことにはならないはずだ……!)
思い立ったら、やらずにはいられない。
木下は机のメモを引き出しにしまい、鍵をかけ、机の上をまっさらにすると、空の弁当箱を持って廊下へ飛び出した。
エレベーター脇の階段を一気に下る。だっだっだっだと、勢いよく、リズムをつけて、下る、下る。
(大丈夫、階段なら、行ける、帰れる)
木下は期待に胸弾ませてどんどん下りた。帰りたい、ただ一心で。
三階……二階……一階……。
(ほら、あとは正面玄関へ──)
「あれ、係長、今日は階段使ったんですか?」
はぁはぁと息を吐く間もなく、田中の声に顔を上げた。
白く優しい日差し。朝のニュース、事務室へ向かう人の波。
木下は、がっくりと膝を落とした。
(また……まただ。帰れなかった)
右手に持っている弁当箱、ひょいと上げると、重かった。
(でも、俺はやっぱり、家に帰っていたのか──?)
「駄目ですよ、階段で来たくらいで息切らしてちゃ。営業は足が勝負、そう言ってたじゃないですか」
にこやかに「それじゃお先に」と事務室へ去っていく田中の背中。
木下は壁を頼ってやっと立ち上がり、いつものように自販機に向かう。珈琲をひとつ。ぐいぐいと飲む。
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