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朝の屋上は、涼やかな風が吹き、昼間と違って空気もよかった。既に太陽は高かったが、雲に遮られてか、まだ熱いとは感じない。眼下に広がるビル群は、朝日を受けて、昼間とはまた違ったコントラストを浮かび上がらせている。
取水塔の真下で、木下はしゃがみ込み、弁当を傍らに置くと、そそくさと内ポケットから封筒を出した。
区役所の茶封筒に入ったそれは、先日確認したのと同じ、白地に緑色の印刷で、確かに「離婚届」とある。更にその詳細を確認──、名前、住所、本籍地、子の名前、書名欄……。読み進めていくうちに、体中の血がどんどん逆流していった。激しい動悸に襲われ、涼しい風が吹いているはずなのに、だらだらと汗が滴り落ちた。何故だか、紙を持つ手が自然と震え、証人欄を確認しようと更に用紙を広げるときに、グシャッとシワをつけてしまう。
「俺の……俺の字だ……。間違いない。俺が、書いている。俺の知らないうちに、俺が書いて、俺の実印を押している……。嘘だ……、嘘だ……」
額から湯気が出ているようだ。木下は、興奮して真っ赤な茹蛸になっていた。息が荒く、血管が浮かび上がる。
ぐしゃん、と、両手で届出用紙を挟み込んだ。合掌する形で、暫く目を閉じ、眉間にシワを寄せながらも自我を保とうと必死に息を整える。ふうー、ふうー、ふうー、数回深く息をして、ゆっくりと目を開ける。
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