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真剣に訴える彼の目に、島田は動揺した。木下の態度の不自然さを気にかけていたのは、自分だけではなかった。田中までも、自分と同じ考えだったとは。彼の不安が確証に変わった。
「課長も、そう思ってたんですね」
極力声が漏れないように、田中はボソッと、島田に囁いた。
島田は慌てて、田中をぐいぐいと応接間の奥へと引き寄せ、
「ぐ……具体的に、どうおかしいと思った? 言ってみろ」
「は、はい。それはですね……」
田中は先週の木下の様子、とりわけ朝のエレベーターホールでのことを細かく説明した。ホールで出会うたびに、必要以上に驚いていたこと、前日飲みにいったことを忘れていたこと、階段をわざわざ使用していたり、弁当を不思議そうに何度も見ていたりしたことを……。
「田中、実はな、木下は俺に、『家に帰ってない、帰られない』と言ったんだ。彼の字でサインした書類を見て、『書いてない』だの、『自分かもしれないが、違う』だの……」
二人は、木下の行動を、ひとつずつ、思い出そうとした。何があったのか、すこしずつ、突き詰めなければ、一向に結論に辿り着かない、そんな予感すらした。『帰れない』と、島田に話した、あの言葉は、どこまで本当だったのか。毎朝の、奇妙な行動は何だったのか。田中と島田は、答えの出ない謎にぶち当たっていた。
突然、エレベーターホールから、女性の悲鳴。
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