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僕は折り畳み傘を開いた。
決して大きくはないが、カバンに入っていれば、万が一にも傘を忘れることも盗まれることもない。
僕はさっさと帰ろうとしてちらっと彼女を見ると、両手を差し出して笑顔で待っている。
「まだ何かあんのか?」
「傘ちょうだい」
「……おつかれさまでーす」
「ま、待って! 待ってってば! 今日お母さんパートでいないの! だから、私があなたの傘で帰るから、あなたはお母さんを呼べばいいんじゃない」
「めちゃくちゃ強引だな。っつーか、母さん呼んだらそれこそお前傘いらねえだろ。たぶん送るだろうから」
「……それもそうか。いや、その手があったか! 傘忘れたことにして迎えに来てもらってよ!」
「王様かよ。じゃあ、帰るわ。傘は友達にでも頼んでくれ」
「あんた友達じゃないの!?」
「他人でーす」
「ごめん! ごめんって! じゃあ一緒に入れてよ!」
僕は固まった。
さすがにそれはちょっと気恥ずかしい。
仲の良し悪しの問題ではなく、異性と同じ傘の下に入るというのは、つまり、他人から見ればそういうことにしか見えないだろう。
「マジで言ってる?」
「大マジ。ねえ、寒いし帰ろうよ」
僕はため息をついた。
こいつはバカだから、そういうことに気がついていないのだろう。
しかし、ここで見捨てれば、こいつは雨の中を走って僕を追って来るはずだ。
中学の時に一度経験し、そして傘を奪われたことがある。
「……わかった。でも、駅までは無しな。ファミレスかどっかで雨宿りさせてもらえ」
「ありがと! 救世主!」
折り畳み傘の狭い空間に彼女がいることが大変落ち着かず、僕はファミレスに彼女を降ろしてやっと安心して帰路につくことができたのだった。
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