【視線】

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「見た目は普通の観光バスなの。回送車で、車内は真っ暗。運転手以外乗ってなさそうな、何の変哲もない観光バス。・・・けどね、後続の車が視線を向けられている気がして何気無しにバスの後部座席を眺めて走っていると、いつの間にか立っている男が目に入るの。後ろを走っている車に向かって身体を向けている、俯いた男がね・・・」 「・・・へ、へぇ」 急に饒舌になった女性に困惑の色を隠せず、女は頷いて先を促した。 「最初は何とも思わなかった後続車の運転手も、ずっと後ろを走っていると疑問に感じるの。だって回送の観光バスよ。誰か乗っているっていうのも妙なのに、座りもしないでずっと後続車を眺めているんだもの。運転手が一瞬よそ見をしてまた前方のバスを見ると、男は両手をリアガラスにベタッと付けて、額をぶつけんばかりにジッとこちらを見ているの。手は異様に大きくて、顔より幅があった。運転手は驚いてスピードを落として車間を空けようとするんだけど、何故かアクセルから足を離せないの。運転手は怖いと思うと同時に、俯きながら見つめてくる男の顔が凄く気になってしまう・・・スピードを上げて追いつこうとした」 女性の抑揚のない語りが迫力を増し、女は喉をゴクリと鳴らした。 「もう車間ギリギリまで詰めた時になって、運転手は気付くの。男は俯いて顔が見えなかったんじゃない。俯いた顔だと思っていたのは首元で、男は最初から“前を向いていたんだ”って。何だと胸を撫でおろそうとした運転手は、その男から視線を外せないことに気付くの。足も相変わらずアクセルから離れない・・・運転手は・・・」 女は続きを聞くのが嫌で「それって変じゃない!?」と咄嗟に叫んだ。
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