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お腹がリバーシブル寸前
「きゅおぉ~ぐぎゅるるるるるぅ~」
入学式から間もない、うららかな春の昼下がり。
緑ヶ丘高校の教室の中で、地獄の番犬ケルベロスの唸り声にも似た不気味な音が風間将太のお腹から発したとき、彼は遂に観念しました。
苦渋に満ちて目を閉じた顔に悲壮な決意がみなぎります。
(授業が終わるまで25分。だがオレのお腹は持ってもあと2、3分……やむをえん、脱出作戦を開始せよ! )
カッと目を見開くと彼は教壇の先生に向かって手を上げました。
「どうした風間」
「すいません先生。具合が悪くて……保健室に行ってきてもいいですか? 」
先生は怪訝な顔になりましたが、情けない声と共に立ち上がった将太は本当に苦しそうで仮病ではなさそうです。
「ああ、いいけど大丈夫か? 顔色悪いぞ。おい保健委員、風間に付き添って行ってやれ」
「いやいいです、独りでいけます。大丈夫です」
先生の好意を力なく手を振って断ると、将太は教室の後ろのドアを開けてのろのろと廊下に出ました。
しかし廊下に出た途端、将太は凄い勢いで歩き出しました。
目指すは保健室ではなく校舎の南端、男子トイレ。
歩き出した彼の背後からは講義を再開した先生の声が聞こえてきました。
(よし、先生とクラスの連中はオレが頭痛でも起こしたと思ったようだ。何とか誤魔化せたな)
入学早々、「下痢で授業中の教室を飛び出した男」という情けない噂は立てられずにすみそうでしたが、まだ安心出来ません。
下半身の緊張を緩めないよう気を張りながら将太はゼンマイ仕掛けのロボット人形のような早歩きになりました。
(どうしてこんなことに……。平和を愛する人畜無害な一介の高校生に神よ、何故かくも酷い試練を与えたもうのかー!)
すると、将太の心の叫びに怒りを掻き立てられた腹中の魔獣がお腹から再び唸りを上げました。
(オウフ! すいません! 許して下さい! 調子ぶっこいて生意気言いましたッ! 今度トイレ掃除の当番が来たらちゃんと綺麗にします。だから助けてトイレの神様ー!)
脳内で神様をののしったり土下座したりてんやわんやしながらも将太はトイレへ向かって一路驀進してゆきました。
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