彼女の形 僕の形

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ピザのケータリングのバイトの帰り。 歩道橋を上りきったところで、今夜も僕は立ち止まる。 配達のバイクでは信号待ちの交差点から見上げているビルの2階のダンススクールが、 ここからは見下ろせる位置になる。 レッスンが終わり、灯りを落としたガラス窓の向こう、板張りのフロアで、 今夜も彼女が踊っている。 ゆったりと。 でも張り詰めて。 初めて見たのはいつだっただろう。 細くしなやかな、でも芯のある身体。 伸ばした腕ひとつ、 ゆっくりと動く背中ひとつに、 僕の目は釘付けになった。 『美しい』という言葉の意味を、初めて知った気がした。 ただ歩く、姿勢ひとつでさえ、美しかった。 僕も、歩道橋の上でステップを踏み始める。 窓の向こうでどんな音楽が流れているのかはわからない。 いや、きっとクラシック? 僕は16ビートを刻む。 でも不思議なんだ。合わせられる。 巡回するリズムが、どこかで出会うのがわかるんだ。 僕は彼女と踊る。 まったく違う音楽で、 まったく違う振り付けで、 でも一緒に踊る。 まったく違う世界が、溶け合うような気がする。 そのダンススクールにはストリート系のダンス講座はなく、 どっちかと言えば暇をもて余したオバサマ向けのスクールで、 男並みの高身長に、サバサバした笑顔の彼女は、社交ダンスとクラシックの講師だった。 何度か配達に行って、彼女に直接ピザを手渡したこともあったけれど、僕は特に興味も湧かなかった。 いやむしろ、ヒップホップをやっている僕は、社交ダンスやクラシックを、カッコ悪いとさえ思っていた。 彼女は踊る。 ゆったりと。 彼女の形が、ひとつ、ひとつ、少しずつ移り変わるたびに、僕は引き込まれていく。 それはきっと、変わらない美しく凛とした芯が、そこにあるから。 彼女はその芯を、身体を通して形にする、一流の表現者だ。 外から身体に覚えさせた僕のダンスとは、まったく異なる彼女の形は、 指先や目線までが、ただただ美しかった。 近づきたい。 他人真似じゃなく、あんなふうに踊りたい。 ――そう、思ったんだ。
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