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私が彼女のことを認識したのは、彼女が赤い薔薇を買い始めて三日目のことだったように思う。
毎日決まった時間にやってきて迷うこともなく赤い薔薇を一本だけ買っていくのだ。
彼女の雰囲気は物腰柔らかな奥様といったもので、日々の彩りとしておそらくリビングのテーブルにでも飾っているのだろう……くらいに考えていた。
初めこそ不思議なお客様だなぁと思っていたが、彼女が毎日店に訪れるうちに自然と親しくなっていき、彼女が薔薇を買い始めて十日目にもなるとお互いに挨拶以外の言葉を交わすことも増えていった。
その中で私が知ったのは「お恥ずかしい話ですけど、旦那へのプレゼントなんです」「伝わっているかは分からないのだけれど……」ということだった。
もしやと思い家に帰って確認してみると、赤い薔薇の花言葉は「貴方を愛しています」だった。
なんと慎ましやかな方だろう!
感動した私は次の日から彼女の来店を、そして僅かばかりの世間話を楽しみに待つようになっていた。
季節は移ろい、いつしか少し冷たい風が吹くようになったある日、彼女は赤い薔薇を手にすることなく私に尋ねた。
「黒い薔薇って、あるかしら」
私は「はい、ありますが……」と少し気の抜けた返事をして、「いつもの赤い薔薇ではなく……?」と聞くと、彼女は変わらない穏やかな笑みと落ち着いた声で「今日は、特別な日ですので」と答えた。
私はこれ以上聞くのは無粋だと思い、黒い薔薇を包んでお渡しした。
彼女は満足そうに微笑んで、普段よりも楽しげに店を出ていった。
そして、その日以来彼女に会うことはなかった。
何かがおかしい。
私は不思議な焦燥感にかられてパソコンを立ち上げた。
黒い薔薇の花言葉は「永遠の愛」。
彼女の想いを特別な日に伝えて、あの慎ましいプレゼントは終わったのだろうか?
……いや、違う。
震える手を動かしながら、さらに調べてゆく。
たしか薔薇の本数にも意味があったはずだ。
印象的な方だったから覚えている、私が彼女に会っていたのは……。
私はそっとパソコンを閉じた。
「ずっと好きでした」「貴方はあくまで私のもの」─それが意味するところは、彼女しか知らないのだから。
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