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二月一二日。この日は、あまりにも衝撃的なことが起こり、記憶がはっきりと残っていない。
時は一週間程前の二月五日に遡る。千香が勘定方の河会耆三郎の元へ、食料の買い出しで出費した金額を伝えに部屋に向かっていると。
「河合。近くまとまった金が必要だ。五〇〇両程用立てろ。」
鬼の副長の声が聞こえた。
「...副長。実は、五〇両程紛失してしまい今すぐお渡しすることはできませぬ。しかし、足りぬ分は一〇日程すれば実家より届きます故。御心配なさらず。 」
河合の声の後、暫く沈黙が続いた。その後、怒号が響き渡り耳をそばだてていた千香も、側を横切った隊士もびくりと肩を震わせた。そうして急ぎ足でその場を立ち去る。
「なんだと!?そんなことがまかり通ると思うか!お前は組の公金を紛失したんだぞ!この件、それなりの沙汰が下ると考えておくんだな。 」
「...でもこれって、河合さんが全部悪い訳やない思うんやけどなあ。勘定方は他にもおるんやし。 」
外まで漏れる荒々しい声を聞きながら、ぼそりと呟いた。その直後土方が出て来る気配を感じ、千香はその場を素早く離れた。
「河合さん、森宮です。入りますね。 」
少し時間を置いて近くに人がいないことを確認した後、千香は河合の部屋を訪ねた。中へ入ると、河合はすっかり意気消沈しており。自分は間違いなく腹を切るだろうと悟ったのか、異様なまでの冷や汗をかいていた。
「河合さん。大丈夫ですか。 」
千香が井戸水で濡らした手拭いを差し出して。
「おおきに。どうも、※べっちょないことなさそうや。 」
河合は震える手で手拭いを受け取ると、額にそれを当て俯いた。声まで弱々しく聞こえる。それもそのはず、先程土方から殆ど死の宣告を受けたのだから。
「聞くつもりはなかったのですが、先程の話、聞いてしまいました。 」
「さいでっか...。 」
「あの、何かお力になれそうなことないですか?私に出来ることならなんでもします! 」
「出来ること言うても、私の切腹は免れんやろう。万が一明日にでも金子が届いたら、分からへんけどな。 」
「ご実家は、米問屋でしたよね。播磨の。 」
「いかにも。 」
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