心を尽くして

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起き抜けのぼんやりとした頭では、うまく状況を理解できず。しかし間違いなく、何かが起こっている。外に出れば、きっと何が起こっているか分かるはず。千香は蒲団を畳み、羽織を一枚羽織ると部屋を出た。玄関へ回ると、隊士たちが何かを追い掛けているのが見えた。急いで草履を履くと、門の前まで走る。原田の姿が見えたからだ。 「は、原田さん!この騒ぎはいっ、たい。 」 途端目の前が紅に染まった。返り血が、顔や着物に飛び散る。 ぼんやりとした意識の中。 その記憶だけは蘇って 『原田が楠小十郎を背中から斬りつけた』 「あぁ、良い気持ちだ。 」 夢と同じように、原田がニタリ、と笑って。 千香の肩もガタガタと震える。 自分の大切な人が、いくら間者とは言え人の命を奪う姿を見るのは耐え難い。しかし、新選組の舵は土方がとっていて。何よりも、梅と芹沢を助けられなかったという思いが千香を縛り付けており。その両方が、千香の身動きを封じる。間者騒ぎが落ち着く頃には、どうやって戻ったのか自分の部屋に戻っていた。 血が付いた寝間着を着替えようと、紺色のいつも着ている着物を取り出すも、桜吹雪が血に見えてしまう。 そんなはずは、と目を擦り再度見てみるも変わらず。替わりのは着物は持っていない。なにせ、此処へ来たのも急なことであり、替えの着物を買うお金も無かったのだから。 「千香?起きてこないけど、寝てるの?入るよ。 」 藤堂の声がして。千香は、血のついた寝巻きを見られるのは不味いと思い、咄嗟に後ろを向く。スーッと障子が開き、藤堂が入ってくる。 「起きてたのか。って、何で後ろ向いてるの。俺の方向いてくれよ。 」 ガシッと肩を掴まれ、向きを変えられる。藤堂は瞬時に何故千香がこちらを向くのを渋ったのかを理解し、言葉を失った。 「...ごめん。血、付いてしまったのなら着物に着替えなよ。 」 「着替え、たいんだけどね。何故だか、この桜が血に見えてきちゃって...。 」 着物を広げて手に持つも、袖を通すことは躊躇われて なんとも言えない顔で笑う。 「分かった。じゃあ、今日はとりあえず俺の着物貸すよ。後で代わりの着物買いに行こう。 」 藤堂の気遣いにより、男物の着物を借りて袴を履いた。初めて袴を履いたので、少し不思議な感じもしたが、普段の着物より断然動きやすく便利だとも思い。
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