心を尽くして

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年が明け文久四年になった。今日、一月二日は時の将軍である家茂公の上洛に伴い新選組は下坂する。勤めを果さんと気合いを入れている隊士たちを見て、千香も朝餉の支度に熱が入った。いつもより丁寧にかつ、美味しく作るように心掛けて。現代に居た頃、料理本で出汁は鰹と昆布を合わせたほうが旨味成分が増す、と書かれていたのを思い出し試してみたが、いい具合に完成した。その出汁で味噌汁を作り、久し振りに卵料理を作ろうと考える。たまごふわふわは以前作ったので、朝御飯の定番の目玉焼きならどうだろう。そう思い立ち鍋に卵を割り入れる。 そういえば、この時代の人は何をかけて食べるのが好きなんだろうか。自分はシンプルに塩オンリーだけど。確か、江戸っ子は卵かけご飯には醤油が鉄板だと書いてある書物があったような...。ジュージューと卵を焼きながらそう思い巡らし。 「よし!出来た! 」 ご飯をよそい、味噌汁とおひたしを器に移すと広間へ膳を運ぶ。目玉焼きはこの時代には無い料理だ。皆きっと初めて見るだろうから、さぞかし驚くだろう。ニヤニヤしながら、廊下を歩いていると誰かとすれ違った。相手が立ち止まったので、千香も足を止め顔を良く見てみると。 「さ、斎藤さん。 」 無表情で、此方をジーッと見てきた。 新選組の中でも特に好きな人物だが、何考えてるか分からないのがたまにキズだと少し残念だなと思える。あまりに見てくるので、千香は段々焦ってきて。 「あ、あの。何かご用ですか? 」 作りたての朝餉を冷ましてはいけないと思い、少し早口で斎藤に尋ねる。 「いや。今日の朝餉も何やら珍しい献立だなと思っただけだ。 」 「あ、ああ。はい。今日は卵を焼いてみました。黄身の部分が目玉みたいに見えるので、目玉焼きという名前の料理です! 」 「ほう。成る程。それはそうと、朝餉を運ぶのを手伝おう。一人では大変だろう。 」 「あ、ありがとうございます? 」 斎藤は目玉焼きにさして驚く様子も無く、千香の手伝いを申し出たので返答に疑問符が付いてしまった。ムスッと頬を膨らませ、持っていた膳を斎藤に手渡す。 「どうした。何か不服か。 」 千香のその顔を見た斎藤が不思議そうに首を傾げた。 「いいえ。もっとなんだこれ!とか驚いてくれるかと思ってたのに、斎藤さん全然だったので。なんか...面白くないなと。 」
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