心を尽くして

51/68
前へ
/264ページ
次へ
パチリと目を覚ますと、額に手拭いが乗っていた。喉がカラカラに乾いて、頭痛もする。 ぼんやり天井を見つめていると、スーッと障子が開いて八木家の為三郎が入ってきた。水を汲んできたのか、腕には桶を抱えていて。 「目え覚めた?姉ちゃん、えらい高熱出とったんやで。今は落ち着いたみたいやけど。 」 千香は蒲団から体を起こすと、為三郎の方を向いた。その拍子に落ちそうになった手拭いを蒲団に落ちてしまうすんでのところで、受け止める。 「御迷惑お掛けしました。調子悪いなって思って寝てたら、こんな有様で。お父さんとお母さんにも、お礼に行かなきゃ。 」 蒲団から立ち上がろうとすると、 「あかん。まだちゃんと治ったわけじゃおまへのんやから、寝てへんと。僕が叱られる。 」 と制されてしまい。 「そりゃ、為三郎君にわるいね。大人しく寝てるわ。 」 フワフワとした頭で、何とか言葉を考えて話す。 いつもならもう少し意味の通ることを話せているのに、熱のせいか上手く頭が回らない。 「やっぱりまだ寝ておいたほうがええね。僕んとこの家のことまで手伝ってくれとったんだし、疲れが出たんだと思うよ。新選組の人たちが帰ってくるまでに治したいでしょう? 」 為三郎の言葉にこくん、と頷く。 上手く回らない頭で、千香は鞄の中に風邪薬を入れていたことを思い出す。 「申し訳ないんだけど、お水持って来てくれないかな。薬飲もうと思って。 」 「薬なんて持っとったのか。なら、買いに行く必要は無いな。でも、何か食べてからのほうがええんではおまへん?お母はんに言うて、作ってもろてくるよ。 」 桶を置くと、為三郎は部屋から去って行った。きっとこんなにしっかりしてる子どもだったからこそ。後に、その日のことを覚えていて芹沢たちが殺された日の証言を遺したのかもしれない。 千香は鞄から風邪薬を取り出すと為三郎を待っている間、久し振りに新選組の本を広げた。 「そうか...。今年、池田屋事件が起こって沖田さんが喀血するはず。そして、平助も...。 」 大事なことを忘れてしまっていた。自分を助けてくれた人たちはこれから、次々と亡くなっていく運命であることを。 「今度こそ、助けなくちゃ。 」 朦朧とする意識の中で、はっきりとそう呟く。足音が近くに聞こえてきだしたため、急いで本を鞄にしまった。
/264ページ

最初のコメントを投稿しよう!

218人が本棚に入れています
本棚に追加