思い出の中の雨

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 それは、恐らくはかかり通しの雲から雨の音が聞こえ始める昼下がりのこと。 「ごめんください」  僕はとある依頼で、山奥にある館に足を運んでいた。 「ああ、奥様――が、いらっしゃいましたか」  ドア越しに聞こえた住人に、僕は努めて快活に名乗る。 「探偵の乃木平です。上がらせていただいてもよろしいでしょうか」 †――†  この奇妙な事件を記し終わるまでに有した時間。  あるいは、コーヒーを飲み終わるまでのことだ。 †――† 「コ、コーヒーです」 「ああ、お構いなく。カフェインは摂らない主義なので」  応接室に案内されてまず飛び込んできたのは、壁一面に飾られたホイールやエンブレム。ついで、リムジンを象ったソファー、そして部屋の隅に山のように積まれたネジやボルトといった部品達だった。 「しゅ、主人の趣味です、の」 「へぇ。ここまで色々並んでいると壮観ですね」 「で、でしょう? 客間くらい、ガラクタのようなパーツを飾るのはや、止めたいのですが、『わざわざ私を訪ねてくる人は車か機械好きだから』と、主人も譲らないんです」  先ほどぎこちない手つきで差し出されたカップにも、少年向けのデフォルメされた車が描かれているのが分かる。よほど好きなのだろう。 「で、ですから、せめて外観だけでも、と。私はが、ガーデニングを嗜んでいるのですよ。特に、朝顔なんかが好きで――」 「ああ、見てきましたよ。立派なグリーンカーテンでした。あれなら夏も涼しそうだ」 「まあ、お、お上手ですこと」  僕が本心から言った言葉に、うれしそうな声色で応じながら奥さんは向かい側のリムジンソファに座る。   「そ、それで、主人は見つかりましたのでしょうか? 探偵さん」 「ええと――お待ちください。今、同じような人探しの依頼が立て込んでまして」  そういって僕は書類を取り出し。やや大げさな動作で机の上に置く。  ついで、眼鏡のつるに付いたデバイスの機能――ボイスレコーダーと通信機器と補聴器のようなものを足して3で割ったものと理解してくれて構わない――をオンにする。 「取り違えのないように、依頼内容の照合から入りたいんですが、もう一度ご依頼の件をお話下さい」 「ええ、ええ。分かりました」 †――†
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