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「どうでもいい関係じゃなかったんだね」
「……そうみたい。明日から付き合うの」
「明日から?」
「うん。今日は……今日だけ、おじさんに会いたかったから」
あたしは思わずおじさんの作業着の袖をつかんだ。
おじさんは、大きな瞳でじっとあたしを見た。
その瞬間、あたしは世界で彼とふたりきりになった気がした。
「……遅れちゃうね」
あたしは、作業着からそっと手を離した。
「ハヅキちゃん」
おじさんは、ざらりとした声で言った。
「俺、今日何味のアイス食べたか当ててみる?」
「えっ」
驚く暇もなかった。おじさんは、わたしの唇の端っこに、そっとキスをした。
「……バニラ?」
「正解。最初に会ったとき、きみが食べてたやつ」
おじさんはそれだけ言うと、手を振って初夏の舗道を歩み去っていった。
ばいばい。
あたしは、胸の中でつぶやいた。
淡いブルーはみるみる遠のき、やがて空の青みと一体化して、通りの向こうへ消えた。
蝉の声が、ひときわ大きくなる。
夏が始まろうとしていた。
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