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私は、レジカウンターでコーヒーを買うだけのつもりだったのだが、ついついいつものルートを通ってしまう。
まずは本コーナーから……
「らっしゃっせー」
後ろから、比較的小さめの声が聞こえた。
でも間違いない。あの人の声――――!!
私はバッと振り向いた。おそらく、トロい私にしては相当早い動きだったと思う。
そこには、ジーパンにチェックのシャツという出で立ちの柴田さんが立っていた。
ああ、想像通りの私服。オシャレでも何でもなくて、平凡な、柴田さんぽい私服。いつか見てみたいと思っていた。
でも、何でこの時間にいるのだろう。今朝も会ったのに。
こんなことなら、きちんとメイクを直しておけば良かった。お化けではないかもしれないけど、きっと疲れ果てた顔だろう。
「いつもありがとうございます。いつもこんなに遅いんですか。お疲れさまです」
柴田さんは通りすがりに会釈しながら、私にそう言った。
相変わらずぶっきらぼうで事務的な口調に聞こえるけど、嬉しい。柴田さんも、常連客として私を認識してくれていたのだ。
しかも、お疲れさまだなんて。そんなふうに声を掛けてくれるとは思わなかった。
柴田さん、柴田さん。私は仕事でミスをして落ち込んでいて、あなたの声が聞きたくなりました。励ましてくれてありがとうございます。
頭の中では、そんなことを考えた。声を聞いて笑いたかったはずが、励まされて喜んでいる。
何だか、すごく話し掛けたい。
柴田さんは今仕事中じゃないのだから、話し掛けるチャンスは今しかない。
でも、私は人見知りで恥ずかしがりや。いつもならモジモジして終わる。
けれど――――
「あのっ……」
裏返った私の声に、今度は柴田さんが振り向いた。
「柴田さん、いつも早朝からの勤務なのに、今日はどうして……」
何だかストーカーチックな気がしたが、声に出してしまったものは仕方ない。
「あー。今日はオーナーが体調悪くて交換したんですよ。ここ、私の父親がオーナーなんで」
柴田さんが、微笑んだ。
端から見たら全然素敵な笑顔じゃないし、ニヤッて効果音が最適な笑みだとは思う。思うけど。
初めて柴田さんが笑ったところを見た。
“あっ、幸せー”
私の心がそう言った。
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