柴田さん

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 通勤ラッシュのバイパス。  私が社会人になると同時に通勤用に購入した十年ものの軽自動車は、何度もせっかちな車に煽られながら、ずっとマイペースに左車線を走る。  車の免許を取ってかなりの年数が経つが、私は未だに車線変更や追い越しが苦手で、左車線だけを走っていけるルートを好む。  私は昔からトロくて、何かあればあわくってしまう、運転には不向きの性格だ。けれど、田舎の通勤にマイカーは必需品で、車の運転免許がなければ会社に採用すらされないので、仕方ない。  本当は、走っている車の台数が多くて煽られてしまうバイパスも得意ではない。けれど、毎日バイパスを走るのには理由がある。  一つは、通勤時間の短縮。これが最短ルートだし、信号が少ないから。  そしてもう一つは、途中にお気に入りのコンビニがあるから。  バイパス上、会社まではあと2キロくらいというところで、私は左折してコンビニに入る。  ここが私のお気に入りのコンビニ。  家を出てすぐのところにもコンビニはあるし、会社の直近にもあるのだけれど、私は通勤のときに必ずこのコンビニに入る。  最初は、たまに飲むコーヒーをセルフでなく手渡ししてくれて、通勤途上に左折で入れるところだから、という単純で気楽な理由でここに入った。  私が毎日必ずここに来るようになったのは、一人、気になる店員さんがいるからだ。  自動ドアが開き、私が入ると来客を告げるメロディーが鳴る。 「らっしゃっせぇー」  いつもの声が聞こえる。別に愛想がいいわけでもない、大きな野太い声。  おにぎりなど、通勤ラッシュ時にどんどん売れる商品を棚に補充しながら、背中を向けたまま、来客を次げる音だけで判断して声を出している。  私が気になっている、“柴田さん”という男性店員である。  柴田さんは、「いらっしゃいませ」を「らっしゃっせぇ」と言う。  本人はおそらく「いらっしゃいませ」と言っているのだが、愛想もなく慣れたように流れで言うものだから、やっぱり「らっしゃっせぇ」となってしまっている。  実は私は、初めてここに入ったとき、その柴田さんの「らっしゃっせぇ」がある違う言葉に聞こえてしまって、柴田さんが気になるようになったのだ。 「あっ幸せー」  私はそれまで頭をもたげていた仕事の悩みを一瞬にして忘れて、思わずふっと笑ってしまったのである。
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