柴田さん

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 単純な発注ミス。だけど、これがお得意様だったものだから結構なクレームになってしまった。  私は何度も上司に頭を下げ、お得意様のところに出向いて畳で土下座もした。  怒り疲れた上司には最後に「もういいよ」と吐き捨てるように言われたし、お得意様からは正論を並べられ、終いに「もう結構です」と呆れ顔で言われた。  私は、自分のミスの後始末に追われ、気が付けば日付も変わっていた。当然、職場にはもう誰もいない。このミスは自業自得、手伝って欲しいとは言えなかった。 「……疲れた」  独り言を漏らした。自業自得なのだから、誰にも、口が裂けても言えないけれど、一人のときくらいは本音を言いたいではないか。 「……私なんて、いなくてもいいのかな」  弱気な言葉もこぼれる。私は泣いていた。  32歳独身、友達も彼氏もいなくて、仕事もできない。おまけに唯一の趣味は人間観察。  悲しくて、虚しくて、泣けてしまう。  ああ、人間観察といえば、柴田さん。明日は早朝に出勤してこのミスの処理を続けなくてはいけないから、柴田さんの観察ができない。 「……柴田さんの声が聞きたい」  またあのぶっきらぼうな声と仏頂面で私を笑わせて欲しい。今すぐ、笑顔にして欲しい。  私は泣き腫らした目で会社の戸締まりをした後、車に乗り込み、いつものコンビニに向かった。  今は深夜、柴田さんはいないだろう。柴田さんはいつも早朝からのシフトのはずだ。  いないのがわかっていてそこに向かうのは、美味しいコーヒーを飲んで落ち着きたかったからだ。毎朝は飲まず、ここぞと言うときに飲むコーヒーだけど、今は飲みたい気分なのだ。  帰り道だから右折だったけど、深夜のバイパスは車通りが少なかったから何とか時間を掛けずに曲がれた。  バックが苦手なので、店の目の前の駐車スペースに前進駐車する。帰りに少し戸惑うかもしれないけど、車の台数が少ないから何とかなりそうだ。  私はバックミラーで極端にメイクが落ちてお化けみたいな顔になっていないかだけ確認し、大丈夫だろうと判断して車を降りた。多少落ちてるけど、もういい、投げやりだ。お客さんは少ないし、見られて困る店員さんもいない。 「いらっしゃいませ、こんばんは~」  来店を告げるメロディーの後に、明るく愛想のいい男性の1トーンくらい明るくしてそうな声が聞こえた。  やっぱり違う。この声じゃない。
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