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宥めるような口調で紡がれる悠花の言葉を聞くうち、苛立ちの中に情けなさが生まれるのを感じながら、私は無言で帰り支度を進めていった。
そもそも、柴田のミスはカスタードだけではなかったし、それまでのおどおどした態度にも問題があるだろう。
情けなさを誤魔化そうとそんなことを考えていると、まるでそれを見透かしたかのように悠花が呆れた様子でこんなことを言った。
「気付いてた?柴田君、そもそもあんたのその態度に萎縮しちゃってたこと。」
じめじめとした気持ちで歩いて数分、小さな洋菓子店が見えてきた。
アンティーク調の外観がお洒落なフランス菓子店だ。
もうそんなに歩いてきたのかと、私は慌てて気持ちを切り替えようとする。
左手首の時計を見ると2時41分だった。
ここでのバイトは3時から。
時間的にはちょうど良い。
上手く切り替わらない気持ちを無理矢理追い出すように、1度大きな深呼吸をしてから店の裏口へとまわった。
店長とその奥さんに挨拶をして、制服に着替える。
肩につくくらいのパーマがかった茶髪を後ろでひとつ結びにしながら、ようやく嫌な気持ちが落ち着いてくるのを感じた。
販売員として店先に立つ頃には先程までの苛立った気持ちはすっかり収まっていた。
菓子のふんわりと甘い香りに包まれて苛立ちが消えていくにつれ、しかし今度はもやもやとした煙のような情けなさが広がり始める。店内の香りに馴染む頃には、その煙が私の内で充満していた。
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