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これは私が幼い頃のこと。
私は親戚の家に行くのが怖かった。
その家には祖父と祖母、母の弟夫婦、私と年の変わらない3人の従姉妹たちの大所帯。
母と弟夫婦とは仲が悪く、とりわけ弟の嫁とは最悪と言ってもいいほどの相性の悪さで、祖母が入院したと聞いた母が心配して幼い私を連れ立って赴くや否や、何しに来たと言わんばかりに睨みつける弟夫婦。その時の表情は鬼そのものだった。
母にしてみれば実母の容態が心配だからこその訪問であったのだが、弟夫婦にしてみれば余計な外野が来た、という思いがありありとその顔から出ていた。
時には激昂した母がその家の台所から包丁を取り出し、弟の嫁を殺してやる、と悲鳴をあげる嫁を追いかけ回した事もあった。
大人たちの争いはまだ幼かった私や、従姉妹たちにも恐怖でしかなく、ただ争いが収まるのを待ち、お願いだからやめてと懇願を繰り返し、泣け叫びながらひたすら耐えるしかなかった。
その家は祖父が終戦後破格の安さにつられて購入した中古の京町屋で、家の中は暗く、ひんやりとした冷たさが漂う圧迫感に満ちた家だった。
その頃私はこんな夢を見た。曇りガラスの引き戸を開けるニ畳程の玄関土間に、乳母車がポツンと置かれてあった。中を覗き込むと赤ん坊が起きていた。その赤ん坊には首が無かった。スパッと切断された首の無い身体の切断面から血の泡がブクブクと吹き出していた。その赤ん坊はこちらに身体を向けて何かを訴えかけている様だった。
後年成人した私は、その親戚とは縁が切れたのだが、ある時たまたま歴史の本を読んでいて、その中の『処刑場』という項目に目を止めた。
私の親戚の家はどうやら幕末まであった西土手刑場という跡地に建てられたらしいという事が分かった。家の近くに壷井地蔵という今は枯れてしまった井戸の跡が残っており、処刑に向かう罪人がその地で末期の水を飲んだとされていて、最近赴いてみると、駐車場の一角にまるでスパッとそこだけ不自然に切り取られたかの様に10平米にも満たない場所に今でも残されていた。
そこから大通りを目指して少し歩いて行くと、コンクリート製の橋があるのだが、江戸時代、地元の人たちはその橋を『地獄橋』と呼んでいた、と知って、私はなんとなくこの家に行きたくなかった訳が腑に落ちた。
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