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「うち、そんな人は知らん。由美子ちゃん、早めに結婚運、占うておもらいやす。猪熊通りの炭屋の奥さんも、みみずく先生はよう当たる、て言うといやしたえ」
八重子はん、みみずく先生は、新潟生まれ。七歳の時に仕込みに売られて、仲買に手を引かれての京都への旅。子供心にでろでろと低く、ギロチンの太鼓のように鳴り続ける執拗な不安に、ぼーと汽笛が鳴る。がしゃんがしゃんと音がして、黒い無骨な機関車が軋み始めた瞬間の、雷に打たれたような絶望。もう死ぬまでここへは戻れない。父にも母にも、可愛がっていた牛にも、二度と会えない。千代紙の姉様人形をしのばせた懐の奥深く、太鼓の音がぴたりと止んで、脳味噌の雲が薙ぎ払われたような鮮明な感覚がむくむくと湧いて来る。仲買に手を引かれてどんぐり橋を渡るなり、「あれらな」とこれから行く置き屋をぴたりと指差した。門口をくぐるなり、「このお家、猫が八匹いる」
来たその日からお菜の予感ははずれたことはない。今日のおやつはふかしたお芋さん。明日はあんぱん。今日の晩ご飯は、まかないのおばちゃんがいねむりしてお釜さん焦げ付かす。向かいのうどん屋から出前頼むことになる。うちはもちろん親子丼。けど、三つ葉は嫌いら。
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