FREE AS A BIRD

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「何言うてんねん。お母ちゃんの育て方が悪いにゃ」と言う夫婦喧嘩まで巻き起こしまして、私はその夏の間、宇治の伯父の家へ住み込みのお手伝いに送り込まれる仕儀にあいなりました。  宇治の伯父、岡本鶏箔。本名達也は、男四人女三人の長兄。阪神間ではかなり有名な絵師で、名前くらいはお聞き及びと存知ます。彼は舞台緞帳、ホテルのロビーの壁画、綴れ織りの意匠に依頼は引きも切らず、「鶏箔以外はろくな奴おらん」親戚の、唯一の自慢でございます。 鶏箔は、生家に住み込みの友禅の絵師たちのところへおむつのときから出入りして、五歳の時には職人が舌を巻くような絵付けが出来ました。三校時代に描いた日本画が五条の宮さまのお目にとまり、フランスへ留学。レオナルド・藤田画伯と同じブロックのアパートにいたと申します。西洋の気風の洗礼を受けて、帰国後はあらゆる平面に絵を描き始めました。だから一部には「岡本鶏箔はペンキ屋や」という批評もございますが、伯父は、「そうや、私は職人や。何にでも描く。出来ることなら、東山連峰全部に「失楽園」絵巻を描きたいくらいのもんや」と笑っております。     
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