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鶏箔と妻の友恵は、当時はまだ珍しかった大恋愛結婚でございました。友恵伯母の衣装部屋には、新婚当時の彼女を描いたスケッチや油絵、水彩画が、茶箱の中に無雑作に残されておりまして、私は鶏箔のどんな有名な画よりもこの伯母の素描の方に、むしろ鶏箔の天才を感じるのでございます。
「友恵は気のきかん女でなあ。別嬪でインテリやったけど、家のことは何さしてもそら不器用やったさかい、商売女といる方がずっと居心地が良かった。せんせ、せんせ、てそらもう手ばなしで惚れてくれて、明けても暮れても、情こめて世話してくれて、足指の股まで洗うてくれるような女ていうのは、ええもんや。そやのに友恵は、『新時代の女は男の持ちもんではない』たら糞たら言いよんねん。たまに家帰ると機嫌悪い。そら、勝手なことしてる私が悪いにゃ。友恵一人で放ったらかして、可愛そうになあとは思うけど、絵筆持つと忘れてしまう」
まだ新婚のうちに鶏箔の名が高まるにつれて、贔屓がつく。取り巻きが持て成す。女たちがまとわりつく。宮川町に居続けの日々が過ぎる。馴染みの芸者の化粧部屋をアトリエにして、友恵の待つ家には帰らない。舞妓、仕込みッ児、半玉、芸妓、置き屋やお座敷前の女の風情を描いた一連の作品が鶏箔の名声を不動のものに押し上げる。このあたりはロートレックの映画のようで、いかにも芸術家らしくて、私は伯父のこの時代の話を聞くのが好きでございました。
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