23人が本棚に入れています
本棚に追加
私は、嬉しげに丁寧に畳に指を付きます。こういう類の大人の会話は、受け止めつつも微笑んで受け流す。おかっぱ頭の童女のころから、つやつやと黒いつむじの上に、北山鷹ヶ峰からふっと凪がれおりる風のようにたちまちにして消え、後には淡い花の香りだけを残して、頬を愛撫してさわさわと言い交わされて来た日常のやり取りは、応仁の乱の火炎が、町ことごとくをなめ尽くした焼け跡からもむっくりと頭をもたげて、いささかの変わりなく営々と受け継がれてきた都人の流麗。たなびく香に手を伸ばすのは野暮。お大尽、はちと気になるけれど、畳屋の縁談に本気であわてふためいて、「帰りましてから、ように考えて、お返事申し上げますほどに」などと真剣にお答えしようものなら、「ああ、この人、都のお人と違うのやな。あほが、お世辞本気にしてからに。無粋な」 と嘲笑される。
「ぶぶ漬けどうどす」は、「ほんにもう、そろそろおいとまの頃合でございますな」を知ろしめる優雅な合図。お互いにもう少しお話してたいけれど、早う帰ってお父ちゃんのご飯せなあかん。ぬくい心のままでおいとま申し上げます。いずれ、いずれ、またのお目文字を。
帰り道たずねても朝にはむくろ。この世は夢よ、粥の煮える間。そやけど、お目にかかれたこの一期一会、心かけて大事にいたしまひょな。一杯のお薄。まろやかな京のお菓子。よそのお人には芝居めいて写る、きれいな嘘を連ねた言葉で満ち足りて。
このやりとりを文化とこそ申す、洗練と申す。都の人は口先だけで情がない、て言うのはどこぞの田舎法師の戯言や。
最初のコメントを投稿しよう!