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情というのは、人の心に立入らぬこと。 人は死ぬまで、胸のうちなんか誰にも教えることはない。自分で自分を宥めて生きながら、自分に吐く嘘、と言うにはあまりに切実な、蜘蛛の糸に絡まった虫みたいに、与えられた場所に生きるしかない。喉仏からお臍まで、鋭利なメスでずずっと切り開かれて、鷲づかみに取り出した心臓に、「さあ、吐け。吐いてしまえ。お前の本心は何や」と追求されても、人は戸惑うだけ。本当の自分の心なんか白日の元にさらけ出したら、人はみんな恥ずかしさに、自分で首吊りに行かんならん。
それにしても、言うたらあれやけど、みみずくせんせのおつくりには気ぃ飲まれるわ。そんな思いは殺されても顔には出さず、言葉にもしないけれど、きずい、いけずと言われたくなさに、努めて淑やかに振る舞い、優しい微笑に覆い隠している女の核は、まだ未成熟な心内にもはっきりとございます。ぷつんと硬い小さな核が、和やかな光沢の真珠に代わるまで、やわらかな心の襞にひっそりとまぎれ入った異物を、おのれの血でくるみこみ、ひた隠し、肉を喰い裂く痛みに耐えて、耐えて生きること。
その予感めいた、女であることそのものの核に気づくには、そのころの私は、あまりにも若く幼稚で、そして幸福でございました。
みみずく先生は、いよいよ私のご指導の前に、「お母さんはあちらへお行きやしとくれやす」と、母をご本堂へ追い払われました。後ろ手に障子が閉められて、先生と二人きりになったお部屋の、山水画の掛け軸に庭木の影がちらちら動くのが、バリ島の影絵芝居のようでございました。
「岡本さん、生まれ変わりを信じといやすか」
「・・・・・・・・」
「それでよろしおす。ほんとのところは、死んで見るまで誰にも分かりまへん。ちょっとお手を」
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