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先生は卓上で、私の左手くすり指の付け根を取ると、長くのばした親指の爪で軽く押されました。何かのお香のくゆりが深くなって、「ぬくい手ぇ、したはる」と言う先生の声が遠くなる。外の道路に車の音がしております。
「目ぇおつむりやす。何にも考えんと、ややさんにおなりやす。あんさんは今、お母さんのお腹の水に浮いてます」
・・・これは、催眠術の一種なのだろうか。心が暖かく満ちて、たとえようもなく静かなままに、私は柔らかな光の中に立っておりました。
ふっと閉じた目を開くと、床の間の影はさらにくっきりと濃くうごめいて、卓の下から取り出した、リールのテープ・レコーダーが、しゃらしゃらと巻き戻されております。
「いや、科学的でございますこと」
「うちへ来るお人の中には頭から、「ぺてんや」て言うお人もありますさかい、証拠に録音しときますのやわ。岡本さん、あんさんの前世はどうやら、売春婦どしたんやな」
私は座布団をはずして、黙ったまま、深く手を付きました。
「あんさん・・・ええ度胸しといやすな。大人しそうなお方やのに」
「恐れ入ります」
「前世てなもん、うちへ来た人が勝手に言いふらしたはるだけで、あてが言うたことやおへんのえ。あても、そんなもん見たことおへん。退行催眠療法て言うのは、本当はこんな生易しいもんやおへんの」
「はい」
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