雨の日の思い出

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紫陽花を眺めるどころではなくなって、ひたすら敏生の背中を見て歩き続ける。 突然、傘をさしかけたら、彼はどんな反応を見せるだろう。視線を合わせたこともない結乃のことを、きっと彼は知らないはずだ。……だけど、その勇気をきっかけに、彼と顔見知りくらいになれるかもしれない。 それまで心に過りもしなかった考えが結乃を支配し始めて、傘の手元を握る手にも、じっとりと汗がにじんでくる。 早くした方がいいのは分かっている。敏生の肩は依然として濡れ続けているし、もう学校にも到着してしまう。焦りが加わって、結乃の心臓はもう口から飛び出してきそうなほど跳び上がっている。 ……と、その時、 「おい!芹沢」 結乃の背後から声が響いた。同級生の男子が小走りで結乃を追い越し、敏生に傘をさしかける。 「お前、傘持ってこなかったのかよ?」 「家を出る時には、降ってなかったんだ」 そんな会話が、結乃の耳にも聞こえてくる。結乃の踏みしめる足も止まり、敏生の背中も遠ざかっていく……。最高に圧がかかった緊張が解けて、結乃は立ちすくんだ。
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