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何も起こらなかった安堵、勇気が出せなかった落胆と満たされなかった恋心と……。いろんな感情が渦巻いて、結乃の目は気持ちの行き場を探すように、側に咲いていた紫陽花へと向いた。
深い青紫と鮮やかな赤紫。雨にしっとりと濡れる紫陽花はずっとそこに咲いていたのに、さっきまでとは違って見えた。この日から紫陽花は、結乃にとって切ない思い出の花となった。
あれから何度目の雨の季節だろう。今年もまたバス停の脇には、色とりどりの紫陽花の花が咲いた。きっと結乃の母校へと続くあの坂道にも、たくさん咲いて後輩たちの目を癒してくれているに違いない。
……だけど、その花が美しければ美しいほど、結乃の心はキュッと軋んで切なくなる。高校生だったあの日のことを思い出して。そして、あの日と変わることのない敏生への想いを、未だ抱えて……、結乃はバス停の横に咲く紫陽花を見つめて、深いため息をついた。
どんよりと暗く空からは雨が落ちてくる。敏生へ想いが募れば募るほど、この心にある切なさという雲は濃くなって、この空と同じように晴れ渡ってはくれなかった。
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