ただの葦になりたい

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ただの葦になりたい

 児童公園のベンチにユイは座っている。ビルの少し上にあった白い太陽が、徐々に赤みを増して大きくなってゆく。 (目の錯覚と知っていても、『不思議』と思わずにいられない。) 依然までのユイならばそう考えていただろう。今の彼女の中にあるのは、大きな穴だけだ。彼女の『ココロ』のあった場所にポッカリと空いた大きな穴。嘗て偉人が書いた一文を何故か急に思い出した。穴を覗き込む時、穴自身もまた此方を覗き込んでいる。正しい文は思い出せない。本当は穴の所が深淵という表現で、意味だってきっと違う筈だ。あまりにも難しい話で途中で挫折したが、そんな感じの言葉だけが妙に彼女の中に残っていた。けれども今の彼女には、このイメージはピッタリだと感じる。ユイにとって穴は虚無と言う名のモノだと感じた。それが、今彼女の目の前で大きな口を開けているか、手を招いている、そんな気配がする。そして、ユイはそこに飛び込んでしまいたい衝動にしばしば駆られるのだ。予感で無く確信で、飛び込めば戻れないと分かっているのに。 ブランコで遊んでいた小学生達は駆けて行った。2頭のシェルティーを連れたおじさんはユイを見ない様にしてフンの始末をして去って行く。電線ではムクドリが騒ぎ立てている。彼らの声量は80デシペルにもなる事があると言う。走行中の電車の中と同等と言うが、ユイの耳には入らない。燃える様な夕日の赤が、彼女の顔を染めている。ユイの瞳孔に映る太陽が目に見えて消えてゆく。その瞬きを忘れた顔は、完全に人形のそれだった。
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