ただの葦になりたい

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 真っ暗な階段を音も立てずに登る。365日毎日昇降している家の階段だ。電気が無くとも踏み外す事は無い。部屋のドアノブを細心の注意を払って回し、再び細心の注意を払って閉める。ドアの動きに合わせて、空気だけがザワリと動くのを感じる。その気配が去るのを待って、部屋の中ほどまでユイは進む。天井から下がった電気の紐に手を伸ばし掛け、止めた。紐の先端には、一昨年の誕生日にナオミに貰ったお気に入りのゆるキャラが笑顔でぶら下がっている。その無神経な顔を指で弾くと、彼(彼女?)は為す術も無く振り子になって揺れた。暫くそれを眺めた後、ユイは音を立てない様通学バッグを床に下ろす。暗い部屋の中で、まだ揺れる振り子の気配だけが妙に生々しく感じられた。ユイは制服のままベッドに潜り込む。 (何もしたく無い。何も考えたくない。何も感じたくない。) 目を強く閉じれば閉じる程、記憶が鮮明に映し出される気がした。そして力を緩めれば、今度は色々な声が聞こえる気がする。ユイは楽しかった頃の思い出を引き出そうと懸命に務めるが、その作業は遅々として進まない。騒がしい教室。ユイの周りには誰も居ない。自分の席。春休みに4人で行った遊園地。教室の自分の席。遠い周りの楽しげな声。自分の席。遊園地で乗ったスプラッシュライド。大口を開けて笑い合う4人。騒がしい教室。近くに誰も居ない自分の席。自分の席。グラウンドで体育をしているリョーコとナツキの姿。此方を見上げる事は無い。誰も寄って来ない自分の席。遊園地のゲームコーナーで撮ったプリクラ。教室の自分の席。廊下ですれ違うナオミ。合わない視線。自分の席。自分の席。自分の席。誰も居ない。自分の席。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!