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年は、そうだなあ、三十がらみという感じだったかなあ。でも妙に落ち着いた雰囲気があった。本当に優しい人でね。そして、とても物識りなんだ。色んな話をしてくれた。特に歴史には物凄く詳しくてねえ。関ヶ原の合戦とか、応仁の乱とか、壇ノ浦の戦いとか、その人の話は、いわゆる本に書かれた史実というよりは、もう、すごい臨場感があってね。斬りあう侍達の動きや表情は勿論、あの合戦の時は突然雨が降って来て火縄銃を抱えていた兵隊がパニックになったとか、どこそこの戦場の傍に咲いてた山吹の花の黄色がとても鮮やかだったとか、妙にディテールに富んでいるんだ。全然聞いたことが無いような無名の人達の名前も沢山出てきてね。おかげで、傷病生活も全然退屈しなかった。本当に、なんであんなに詳しかったんだろう。歴史学とかには縁の無さそうな、たたき上げの軍曹だったけどねえ。
ある時、聞いてみたんだよ。なんで自分にそんなに親切にしてくれるのでありますか?ってね。そしたら、こういう話を始めたんだ。スコールの多い熱帯雨林には珍しく、朝からしとしと雨の降る日だった。何だか日本の雨みたいだなと思ったのを覚えている。
「お前は味方が全滅した時、一人生還して、そのことを厳しく責められたのだろう?実は俺もずっと以前に、少々それと似たような経験をしたことがある。だからお前のことが放っておけないのだ。
「俺の所属していた部隊は、敗走を続けていたのだが、とうとうある日、圧倒的に多数の敵と渡り合うことになった。
「俺の主人、いや、上官はとても戦上手で、素晴らしい人だったが、さすがに何十倍という兵力差は、どうしようもなかった。はなから勝負は見えていたのだ。上官も、豪勇を誇った戦友も、みな戦死した。
「だが、この時、俺を含む十名ほどの兵は、朝から別行動を取っていた。このため、戦闘に巻き込まれず、離脱することができたのだが、そのことで、俺達は裏切り者の烙印を押されることになった。ひきょう者よ、裏切り者よと後ろ指を指されながら今日まで生きてきたのだ」
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