漂泊の兵(つわもの)

5/7
前へ
/7ページ
次へ
「俺は今でも忘れない。圧倒的な兵力差の前に、残った半分の仲間たちが、勇戦虚しく一人、また一人と倒れて行く光景を。燃え上がる兵舎を。そして、俺達離脱組は、遠くからその光景をこの目で見ていたのだ。皆泣きながら、上官や戦友の名を叫び続けていた」  その場面を思い出したのか、その人の頬には、涙が一筋糸を引いていた。聞いていた僕の目からも、気が付くと涙が流れ出していた。その人は、更に話を続けた。 「俺達は離脱のせいで、世間から裏切り者呼ばわりされた。だが、そんなことは屁でもない。上官から命ぜられた重要な任務のために生還したのだ。誰にも恥じることはない。 「帰還した後、俺は自分の任務を文字通り命がけで遂行してきた。俺はそのために命をもらったんだからな。少しでも多くの人々に、上官の、そして多くの兵士の悲しい最期、戦争の虚しさを伝えるために生きてきた。 「その後も、色んな戦地を転々として、その悲惨な現場を見てきた。そして、お前のように、少しでも命をつなぐ可能性がある者がいれば、可能な限り助けてきた。世の中が平和になるのをこの目で見届けるまで、この任務を続けなければいけないと思って、俺は今日まで生きてきたのだ」  そして、その人、僕の目をじっと見つめてこう言ったんだ。 「いいか、お前は生きるのだ。必ず生きて帰れ。そして、精一杯人生を生きろ。好きなことをしろ。腹いっぱい食べろ。色んな人と出会い、話し、笑ったり泣いたりしろ。     
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加