雨の日

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雨の日

雨が降ると、彼女は魚になった。 分厚い雲が月を隠し、降り始めた雨が、ノックするように居間の窓を叩き始めると、待ちわびていた客がやっと来たかのように、そわそわしながら彼女は立ち上がり、窓の方へと向かった。 「久しぶりの雨だわ」と彼女が言う。 「電気を消そうか?」と僕が尋ねると、「うん」と楽しそうに返事をしながら窓を開けた。 居間の灯りをすべて消して、僕はソファにまた腰を掛ける。薄闇の中で、彼女はもう服を脱ぎ始めていた。 庭から溢れた雨の匂いが、ゆっくりと部屋の中に忍び込んでくる。 僕が下着姿になった彼女の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、こちらの視線に気付いたのか、「エッチ……」と横目で彼女が笑った。 別に、そんなつもりで見ていたわけではないのだけれど……。 脱いだ服と下着を丁寧に畳み、それを部屋の隅に置くと、裸のまま、彼女は庭先に立つ。 「天気予報だと雨は朝には止むみたいだから、その前には帰ってくるね」と雨に濡れながら彼女がこちらを振り返る。  「楽しんでおいで」と僕が言うと、 「あなたもね」と彼女が微笑んだ。 気が付くと、彼女は魚になっていた。銀食器のような、美しい光沢の鱗を持った、名前のない魚に。 魚になった彼女が、尾ひれを何度か、ばたつかせると、ふわりとその身体が浮かび上がる。そして、文字通り、水を得た魚の如く、彼女は僕たちの家の小さな庭を泳ぎ始める。 そのまま、しばらく泳ぎ回る彼女を眺めていたが、雨が部屋に入ってきたので、窓を閉めた。 窓越しに彼女の姿を目で追っていると、なんだか水槽の中を眺めているような気分になった。 僕が手を小さく振ると、彼女が窓の近くまでやってきて、それに答えるかのように、三度、大きな円を描いて、ぐるりぐるりと雨の中を優雅に回った。 そして、その勢いで降り落ちる雨に逆らうように上昇すると、庭の塀の向こうにある、隣の家の屋根まで泳いでいき、そのまま彼女はどこか遠くへ行ってしまった。 今夜はどこまで行くのだろう。また街の外れまで泳ぐのだろうか? 部屋に一人取り残された僕は、頭を軽く掻くと、溜息をついた。 これじゃ、水槽の中にいるのは僕の方だな……。
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