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花束に咲く野花に見惚れる美咲を、じっと眺めていた山田。ふと、囁くような小さい声で、山田は、何かを呟いた気がした。
普段は、大気を元気よく駆ける音楽のように、綺麗に通る山田の声。この瞬間だけは、ひどく小さく、頼りなさげに聞こえた。
しかし、普段通りの声の調子を戻した山田に、はぐらかされた美咲は、腑に落ちない表情で頬を膨らませた。
「でも、なんでこれを私に?」
「……花宮に、渡したかったから」
「え……?」
野の花束を受け取った時から、気になっていた事を、美咲は何気なく訊いた。
すると、山田が不意に呟いたセリフに、今度は小さくも鮮烈な熱を伴う火が、美咲の胸の奥で灯った。
先ほどとは異なり、今度の山田の声は、囁くように甘くか細い。けれど、確かな熱を伴う低さで、美咲の鼓膜を切なく震わせた。
胸がドキドキ、と高鳴り、甘い緊張に全身を強張らせる美咲。
何故、不意に胸がこんなにもドキドキするのか。
この甘い窒息感は、一体何なのか。
気になってたまらないほどに甘美で、けれど知りたくない、知るのが怖い、と心がすくむほどの不安。
切ない不安と甘い幸福に、戸惑う美咲とは対照的に、普段通りの飄々とした態度に、山田は戻っていた。
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