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「じゃあさ、今日はもしかしたらあいつ、杉の木の下で雨宿りしているかな?」
「どうですかね」
「後でまた行ってみるよ。今日は、会えたらいいな」
クッキーも持ってるんだと袋を取り出して見せると、女の子が泣きそうに顔をくしゃくしゃにした。
「その猫ちゃんはお腹なんて空いてません。でも、もう会えないからさびしいんです」
「会えないって・・・」
「最後に会えて、嬉しいから泣くんです。雨が代わりに泣いてくれるんです」
ひっくひっくと女の子は鼻を鳴らして喋る。
「その子はね、今はとってもとっても暖かいお家で暖かいベッドで毎日綺麗にしてもらって寝てるんです。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも家族がいて、毎日幸せに寝てるんです」
「・・・。誰か、拾ってくれたのかな」
女の子が泣きそうな顔で、けれども涙は零さずにこくこくと頷く。
「ご飯だって、吃驚するくらい沢山食べられるんです」
「そうかあ。もう、お腹も減ってないんだねえ。・・・良かったなあ」
「そうです。良いんです。とっても良いんですよ。でも、あのクッキーはないんです。その子は甘いものが好きなんです」
「・・・贅沢だなあ」
「猫ちゃんは贅沢が好きなんです。外で生まれて外で育った家無しには想像もできませんでしたけど、この世界には温かな家があったんです。自分を撫でてくれる人だって他にもいたんです」
「それは良かった。本当にそうなら、公園で会えなくなってとても良かったよ」
「そうです。幸せです。でも・・・、やっぱりその子はとても寂しいんです」
「クッキーが食べられないから?」
「クッキーを食べさせてくれる人がいないからです」
雨は激しく地を叩き続ける。ばしゃばしゃと、窓の外に土砂降りの雨が降りしきる。けれど女の子はがたりと席を立った。
「きっと、また会えますよ」
「でも、拾われちゃったんだろう?」
「いつかです。猫は脱走するものです」
去り際、『ありがとう』と確かに僕に囁いた。
彼女は振り返らずにこの小さな喫茶店を出て行った。傘はさしていったのかいかなかったのか。窓越しの風景は激しい雨に煙って見えない。今日、この町の上に降りしきる涙雨。僕の上にも彼女の上にも。
この日、雨は一時間経っても二時間経っても止みはしなかった。僕は三杯もの珈琲をお替りして店主を喜ばせ、小皿に残ったサービスをきれいに美味しくいただいた。クッキーは齧る度甘かった。
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