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「あのお、実は私も日本語を教わっていた事がありまして」
「ええー、じゃあ本当に外国の人なんだ?」
「『本当に』って、やっぱり変に見えますか?」
「いやいや、そんな・・・」
とても魅力的と言い掛けてそれは慌てて引っ込める。
「あ、じゃあその時の先生が英語で教えてくれたわけだね」
「はあ。まあ、日本の生まれなので私の場合は確かに日本語だけでした。文章の書き方とか上手な話の仕方とかを教えてもらったんです」
なるほど。そうだ。そんなケースもある。家庭事情と生活環境は千差万別。この子がどの様なルーツを持ってどの様な言語を使うのか。興味はある。しかし不要な詮索は野暮だ。
「そうかあ。でも信じられないなあ。もの凄いしっかりとした日本語を使うよね。僕なんかこの言葉以外碌に使えないのに」
「はい。あの、教わったのが凄く良い方だったので。先生に似ていて・・・」
お世辞も言える。しかも『先生』ときた。
「ははは。『先生』は勘弁してくださいね。君に何も教えていないんだから」
「じゃあ、なんて呼んだら良いですか?」
「僕の名前はね・・・」
ふうん、と女の子が考え込む仕草を見せた。やがて、こくこくと頷いてまたにんまりと笑う。
雨は益々強く降り出して窓ガラスを叩く。女の子の名前も聞いたがちょっと変わった名前だった。自分のこれまでの経験の内で覚えはなかったし、ルーツを想像できる類のものでもなかった。唯、綺麗な響きだと思った。
「そうかあ。じゃあ、改めてよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
女の子は人好きのする笑顔でにこにこと笑う。珈琲はまだ冷めない様だ。鼻の頭に皺が寄るととても可愛らしい。
「それで声を掛けてくれたんだね。変な縁もあるもんだなあ」
「はい。なんだか懐かしくって」
「ははは。うん、ありがとうね」
窓の外で公園の杉の先っちょが雨に煙っていた。
「これは、しばらく帰れそうにないなあ」
折り畳み傘があるといっても、これでは随分濡れるだろう。
「すみません」
「全然。久しぶりに雨が降って寧ろ良かったよね」
「いえ、今日はお引留めしてしまって・・・」
「ははは。丁度良い雨宿りかな。・・・あのう、こちらこそごめんね」
「いいえ、私はお話ができてとても楽しいです」
女の子がきゅうっと目を細める。そうするとやっぱり鼻の頭に小皺が寄った。
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