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大粒の雨が音を立てて地面を叩いている。店の中には私たち二人と店主の三人だけである。静かな空間に雨の音が満ちていく。
誰かと一緒に雨の音を聞くのも悪くない。こうしていると時間も忘れる。
雨の中、いつも一緒の思い出は一匹の猫。あの公園の大きな杉の木の下、いつも並んで雨宿りをした。あいつといる時はいつも雨が降る。せっかく買ったクッキーも濡れるので、少しずつ掌に載せて食べさせてやる。ざらざらとした小さな舌はとてもくすぐったい。そして、びしょびしょの毛を腕にも脛にも擦りつける。
あいつの体はいつも温かくないから、それでも抱きかかえて温めてやる。頬や喉を指で撫でてやると、ごろごろと喜ぶ。
この雨だ。あいつ、今日もあの杉の下にいるのかな。まさかこの季節で風邪引くなんて事もないだろうけど・・・。
「どうしたんですか?」
一瞬、記憶に思いを馳せていた。女の子はやはり大きな瞳でじいっとこちらを見つめている。
「何か心配事ですか?」
「いやあ大した事じゃないんだけどね。ほら。あそこに大きな公園があるでしょう?」
「ええ」
私もよく散歩していますと女の子も言う。
「僕もここに来るときは散歩してるんだ。あそこの大きな杉のところにいつも野良がいてね・・・」
女の子は静かに頷いて耳を傾ける。たっぷりとミルクを注いだ珈琲カップを胸の前で抱えるように持っている。
雨はざあざあと止め処無い。窓の外、小さな喫茶店の軒からまるで誰かの涙のような雨の雫がぼたぼたと滴っていた。
初めて会ったのはもう一年も前になる。
この喫茶店での仕事を受けたのと一緒だから随分と懐かしい。店主ともそれから今に至る関係を築いてきたわけだし色々な事があった。
きっかけは何という事もない。気持ちが良い夕方だったから公園に入っただけだ。敷地内に小さなレストランもあるくらいのなかなか大きな公園で歩くに飽きない。杉とか楠とか大きな樹木の木立に囲まれていて、町の中よりも空気が瑞々しいと思う。
あの日はもう電灯と電灯の間のそこここに夜の陰が凝り始めていて、丁度こう、風も静まると言うか哲学的な気分で独りを楽しんでいた。
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