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「鳴き声が聞こえたんだよ」
「ふうん。それが例の野良猫ちゃんなんですね」
そうだ。その野良猫はあの杉の大木の幹に半分体を隠す様に蹲って鳴いていた。
「そういえば、猫ってなんで鳴くんだろうなあ」
女の子がちょっと不思議そうな顔をする。
「そりゃあ、人間と同じじゃないですか?」
「と、言うと?」
「つまり何か話したいからじゃないですかね」
「ああ、それはそうだよね。『お腹減った』とか?」
そう。人間の使うものとは違うけれど、動物にも確かに音声を介した意思伝達の手段が認められる。すなわち言語だ。
だが、女の子は片手の甲を口に当ててくすくすと笑った。いくら動物でも空腹ばかり訴えて生きているわけではないらしい。女の子の手は丸っこくて、やはり飾り気の無い爪にはマニキュアも塗られていない。
「でもさ、その時は絶対に『お腹空いた』だったんだよ」
「どうしてですか?」
「だって、クッキー食べてくれたんだよ」
たまたま鞄に入っていたのが食べかけのクッキーの箱だった。最初、そのまま地面に塊を置いてやったが、食べ辛そうなので割ってやった。
「美味しそうに食べてましたか?」
「うん、かりかりちょっとずつ齧って食べてたよ」
猫はクッキーの欠片を舐める様に齧ってはちょっとずつ、ちょっとずつ飲み込んだ。随分空腹だったのだろう。箱に半分くらいあった残りを全部平らげられてしまった。
「体の割によく食べるんだよ」
「・・・恥ずかしい子ですね」
「え?」
「あ!・・ああ、その、もしその野良猫ちゃんが女の子だったらデリカシーが無かったな、と」
女の子は面白い事を考える。
「ぱくぱく食べちゃったのはきっと、・・・初めて食べたクッキーがとっても甘かったんですよ」
「ふうん。確かにお菓子なんてなかなか食べられないかもね」
こんな話も結構真面目に付き合ってくれる。
「動物がお好きなんですね」
「うん。特に猫が」
「ふうん」
好きな事に理由などそもそも無いが、猫は感情表現が豊かである。
お腹いっぱい(多分)の猫は、ちゃんと居住まいを正して座り込んだ。どうも見送ってくれるつもりに見えたので、手をひらひらとさせてその日は退散した。
暗がりの色が濃くなった公園の木立の中、こちらから見えなくなるまでじいっとガラスの目玉が二つ闇に光っていた。
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