雨の日

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「それで、その猫が気に入っちゃったんですか?」 「うん。別れる時も鳴いたんだよ」 「『ありがとう』って?」 「どうかな。でも、手を振ったらちゃんと鳴いたんだ。『ご馳走様』だった気がするけど」 「やっぱり食欲のお話になるんですねえ」 女の子はちょっと頬を膨らませて珈琲を啜る。少し冷めてきて飲みやすくなっただろうか。僕が小皿のクッキーを一つ摘むと女の子も同じ様に手を出した。 「我慢してたんだ?」 「ええ、私はデリカシーがありますので」 全く達者な日本語を使う。そして、どこか甘みのある不思議な発音。小さなクッキーを美味しそうに少しずつ齧る。やっぱり甘いものが好きなのだろう。  それ以来、ここへ来る度に公園の猫を訪ねていた。傘もその頃からいつも持つようになった。 「どうしてか、いつも雨が降るんだよね」 「今日もですね」 「うん。晴れてるなあって思うんだけど、急にぱらぱらくるんだよ」 初めの日はぽつりと雨粒が額に当たる程度だったと思う。殆ど気にした覚えもないので空模様は記憶に薄い。暮れなずむ公園の木立と、あのくりくりしたガラスの目ばかりを憶えている。二度目に会った時は結構濡れたはずだ。 「やっぱり急に降ってきてね。何しろ傘なんて持ってなかったものだから走ったなあ」 「猫ちゃんは置いてっちゃったんですか?」 「あ、うん。クッキーだけ置いて慌てて駅まで走ったよ」 「へえ・・・。寂しかったでしょうねえ」 お腹は一杯になったと思う。 「でも、人が帰っちゃうと寂しいんですよー」 「ふうん」 「猫ちゃんを泣かすから、きっと雨が降るんです」 「ははは。それじゃあこれも野良猫の涙雨ってわけだ」 何しろいつも降るのだから、それでは泣いてばかりという事になってしまう。中でも今日は特別大泣きだろう。窓の外は町ごと包み込むような雨に煙っている。 「猫って泣きたくても泣けないじゃないですか」 そう、人間だけが涙を流す。他の動物は涙を流さない。けれど、 「・・・泣きたい時もやっぱりあるのかな?」 「そりゃあ、ありますよ」 だから、代わりに雨が泣いてくれるんです。女の子はまたクッキーをちょびりと齧ってミルク入りの珈琲を啜る。
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