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「それからはわざわざ傘をさして猫に会いに行ってあげてるんですか?」
「うん?まあ、ご飯をあげにかなあ」
「でも、毎回撫でてあげるんでしょう?」
「うん。会う度に可愛くてね」
ふうん、と女の子の鼻に皺が寄る。
「へえ・・・。やっぱりその猫ちゃんが好きですか?」
「それは大好きだなあ」
「ふふふ。きっと、その猫ちゃんも同じなんですよ」
「どうしてそう思うの?」
「だって、きっといつも『大好き』って鳴いてるでしょう?」
確かに杉の木の下の野良猫はよく鳴く。こんにちは、と言ってにゃあ。クッキーを出してにゃあ。背中や耳の下を撫でてやってにゃあ。そして、さよならするときはにゃあにゃあにゃああ。
それが、ここ二カ月程はさっぱりと姿を見せない。何の前触れも無かった。
いつも通りにクッキーを鞄に忍ばせて足を運ぶのだがちらとも姿を見せないのだ。園内をぐるぐると回って何度も捜した。
猫は猫であり、いつも一匹なものだから名前をつけるなど考えもしなかったのだが、こうなってみると不便なものだ。呼んでみようにも「おーい」とか、「ちっちっちっ」とか何だかぶっきらぼうに声を放ってみるしかない。茶色に黒の斑だから『チャコ』なんていいかもしれない。次に会える事があったらそう呼んでみようと思っている。
「そう言えばあれから降っていなかったな。あいつを見なくなってから無駄に傘を持って歩いている気がする」
「ずっと捜してたんですか?」
正直に言えば毎日だ。可笑しな話だ。我ながら妙な事をしていると思う。しかし、一年近くも身を寄せ合っては杉の大木の下で雨宿りをしていたのだ。あの黒茶の猫はいつの間にか僕の大切な大切な誰かになっていた。
「・・・え?」
女の子が不意に真顔で言った。
「今日は雨が降ったじゃないですか」
「うん。よく降るよねえ。全然止みそうにない」
「その茶色い猫はね、きっといつもいつも泣いてたんですよ」
「え?」
「『ありがとう』。それでまた一口クッキーを齧っては『ありがとう』って」
女の子がまた、かりとクッキーをほんの一欠片齧って口に入れた。
「それでね、撫でてくれたら『大好きだよ』。暗くなって帰っちゃう時は『さびしいよ』」
「あいつ、そんなに喋ってたのかなあ」
「ええ、そうに決まってます。だって、こんな風に風もなく降る雨は泣けないものの涙雨」
変な女の子だ。可笑しな事を言うのに笑い飛ばせない。
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