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プロローグ -Gentle wind-
柔らかな潮風が雲の切れ間を作り、学園裏の土手に初夏の香りを運んでくる。
青々とした大樹から差し込んだ陽光が木陰で寝転んでいた少年を暖かく照らす。
彼はその光に気づいてゆっくり息を吐くと、顔に乗せていた読みかけの歴史書を手に取り、ちょうど開いていたページに書かれている文章を目で追い始めた。
< ここ、ローゼンベルガー王国は四方を海に囲まれた緑と風の国である。気候を利用した農産、畜産が盛んで、建国された時からずっと変わらず平和が続いている。
しかし、周辺諸国が魔法を取り入れ始め、発展すると共に状況が変わっていった。王国の豊かさを狙い、植民地として利用しようと考えている大国があるらしいという噂が流れ、それを恐れた第五代国王が隣国の魔法大国プリマヴェーラと同盟を結んだ。プリマヴェーラから魔法技術を学ぶ代わりに農畜産物を輸出することが条件であった。王国の環境に適した魔法を構築するのに相当な苦難があり、魔法が構築されるまでに十五年費やしたと言われている。数年後、魔法学校が創設され、厳正な試験の元に入学を許された生徒たちにより魔法は確立された。現在の王国は魔法を学んだ魔導士と、従来の農畜産を行う一般の民で構成されている。より豊かになった国は更なる発展が期待されている。 >
「はあ…」
そこまで読み進めると、ユリウスは物憂げに顔を上げた。この文面を読むたびに思わずため息が漏れる。今、自分が直面している面倒な環境を考えると、頭痛がする。 唯でさえ、普通に生活できない自分の立場を更に魔法が悪化させているのだ。 肩書や期待なんてものを背負って生きるのは正直辛かった。投げだせるものなら投げ出してしまいたい。
ふと、優しい風に葉や草が揺れる音と、遠いさざ波の音に耳を澄ます。
こんな昼下がりは余計なことは何も考えず、土地の暖かさだけを感じていたい。
その瞬間だけは追い詰められた精神が解き放たれ、自分の立場を忘れることが出来た。
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