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その笑顔は、扉の向こうへ、そしてその向こうの戦地へ、消えた。
「僕だけが、眠ってた。みんなが部屋を出た後、何も知らずに寝てたんだ」
あの日僕の目を覚ましたのは、扉の外を駆け巡った無数の足音か、夜通し続いていた寒気か、それとも聞こえるはずのない仲間の声なのか、僕には分からない。
とにかく僕が目を覚ました時、すべては変わりすぎていた。
「僕が起きた時、施設の中はすごく騒がしかった。最初は、誰かが何か問題でも起こしたのかなって、それくらいだった。でも、廊下から聞こえたんだよ」
乾ききった舌を、僕は静かに湿らせる。シキくんがごくりと何かを呑み込む音が、やけに耳につく。
「No.7だ、って声が」
青い左の瞳に、僕の姿が鮮明に映る。そこにいる僕は、恐いくらいに幼く、そして小さな存在に見える。
「急いで外に出たら、廊下いっぱいに赤いものが広がってて、数え切れないくらいの大人が、走り回ってた。それで、その先に、みんなが、いた」
いつもの無機質さなど失ったその光景が、目を刺した。絶対安静を言い渡されていたのだから、僕をたしなめる声、いや、怒号すら響いていておかしくなかっただろう。でも、僕の記憶にそんなものは残っていない。そんなものよりも僕には、大切すぎるものがあった。
「僕は、みんなのところに、行ったんだ」
すべてが夢なのではないかと思うほど長い廊下に、僕を現実に引き戻す倦怠感と飛び交う声。
すべてが痛かった。
「5人は、もう、息を、してなかった」
血に塗れた仲間達の身体は、不自然なまでに生々しかった。
その血とはちぐはぐな肌の青白さが、やけにまぶしかった。
「1人は、もう、死のうとしてた」
言葉にしてみれば、自分でも驚くほど、静かだ。
もう数え切れないほど思い返したあの瞬間は、まだ色褪せてなどくれないのに、何故だろうか。
「僕を医務室に連れて行ってくれた、仲間だった」
笑顔だった。
その頬にはまるで絵の具のように血が塗られ、腹部にはぽっかりと空洞ができているというのに、彼は、笑っていた。
「ハルキ、言ったんだよ。悪い、ちょっとやっちまった。コハクは身体大丈夫かって」
仲間の名前を口にしたのは、いつ以来だろうか。
いつから、呼ばなくなったのだろうか。
どうして声にしなくなったのだろうか。
ああ、そうだ。
こうして、泣いてしまうからだ。
「何言ってんだよって、話なのに。どこが、ちょっとだよ。笑ってる場合じゃないだろ。僕のこと、心配してる場合じゃないだろ」
あの時言おうとして、彼に伝えられなかった言葉が、次々と零れ落ちる。
そしてそれは、涙も同じだ。
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