第1話「Ambition」

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第1話「Ambition」

僕はいつもの場所で目を覚ました。静かな部屋では、どこからか聞こえてくる機械音がやけに響く。 アラームすらかけていないのに、この時間に毎朝目を覚ませるというのは、この場所で過ごした時間の長さの為せる技だろう。  いつもと同じようにラウンジに向かおうと身体を起こし、ベッドボードに置いてあった腕時計型のタブレットに目を落とす。僕が目を覚ましたこの施設から支給された、それの正式名称はデジタルマルチ云々とかいうものだった気がする。ぼんやりとしか覚えていないのは、普段は腕時計と呼んでいるからだ。 まあ、どうでもいいことだが。  この『施設』では、常識なのだから。  スリープモードから復帰させると、そこには呆れるくらい事務的な文字でこう書いてある。 『今日は、初めての出動日です』 短い言葉に、僕は漸く思い出さされた。 そうだ。今日は、僕の初めての出動日。 人のアーミーチャイルドとしての、初めての出動日だ。 少しだけ、感慨がある気もする。いや、気のせいか。 そんなことを思いながら、僕はいつものように仲間達が集っているであろうラウンジに向かうために部屋のドアに向かう。 ドアの横に据えられた網膜スキャンが、ドアの前に立った途端に作動する。 ジッという音と共に作動したそれは、僕の目に光を当てる。  所謂網膜スキャンというやつだ。  ここに来たばかりの頃は眩しくて仕方のなかったこれも、もう慣れてしまった。  今この人工的な光を浴びる目の色が、左右で異なるのもこの『施設』では常識だ。  だってこの『施設』には、僕のような、所謂オッドアイがここでは当たり前なのだから。 ここに来たばかりの頃は眩しくて仕方のなかったこれも、もう慣れてしまった。  そして、画面に文字は浮かび上がる。 『シキくん、おはよう』 昔は、これが親しげすぎる気がして、見る度ちりりと焦げ付くような苛つきを覚えたが、これもやはり今ではもう慣れてしまった。  相変わらず塵一つないくせに小さな傷が点在する廊下を歩く。  まるで存在しないかのように完璧に磨き抜かれたガラスから、僕の真っ黒な右目と、透き通るように青い左目が僕を見つめ返してくる。  その生気のない視線から逃れようと、僕は灰色の髪を手櫛で整えながら僕はガラスから目を逸らす。 ラウンジのドアをくぐると、そこには見慣れた後ろ姿がある。 無言で彼の隣の椅子を引くと、彼は大袈裟に肩を揺らす。 「シキ! いきなり隣座んじゃねえよ! 先に声掛けろっていつも言ってんだろが!」 彼が咳き込みながら僕を振り返ると、彼の天鵞絨色の少し潤んだ瞳が見つめ返してくる。  赤茶けた短髪をガシガシと乱しながら僕を横目に眺めるその仕草は、すっかり見慣れてしまった。 語気は強いが、どうせ本気で怒っているわけではない。 もともとこういうやつなのだ。 何故分かるかと言えば、一緒に過ごした長い月日のおかげとしか言いようがない。 今ぼくの隣でロールパンを頬ぼるリュウとは、生後5ヶ月からの付き合いなのだから。
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