みなづき。

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みなづき。

 今日は、朝からなかなかの上天気だ。  昨夜遅くに降った雨で庭の草木は潤い、義母が植えたヤマアジサイの葉が朝日に照らされて艶やかに光る。  そして小さな空間に次々と枝葉を伸ばした初夏の花がいっせいに蕾を膨らませ、彩を添えた。  ガラス戸を下げて網戸にした勝手口の扉から薔薇を思わせる華やかな芳香が流れてきて、穏やかな風と共に通り過ぎていく。 「・・・咲いたのね。いい香り」  花の姿を思い浮かべながら、台所仕事にとりかかった。  ボールの中にあけた葛粉と白玉粉と砂糖の塊を指で探って、ゆっくりと潰す。幼い頃、指先で粉の塊をつぶす作業が好きだった。軽く力を加えると塊がふいに砕け、さらりさらりと粉たちの仲間になってく。ゆっくりゆっくりと器の中を細かい粒子の世界で満たす心と時間の空白は、一つの快感でもある。ただの白い粉から、何かが作り上げられるという達成感と、誰かの笑みを見ることができるかもしれない期待も相まって、下ごしらえを楽しいと思っていた。  今でも、それは変わらない。  真っ白な粉の中に少量の水を落とすと、水滴が粉を纏ってころころと転がっていく。  『おかあさん、きれいねえ。宝石がたくさん、たっくさんうまれたよ』  傍らで息をひそめ作業を見守っていた幼い奈津美の、はしゃいで少し高くなった甘い声を思い出す。  少しずつ、少しずつ加えた水と粉がまじりあったところで、今度は別のボールに用意していた薄力粉とグラニュー糖の中にゆっくりと投入し、とろりとなるまで泡だて器で混ぜ合わせた。水で濡らしておいた型に深さの六割になるまで生地を網でこしながら流しいれ、火にかけておいた蒸し器の中にそっと置く。強火で蒸しているうちに、茹でておいた小豆の支度にとりかかった。義母のレシピでは甘納豆を使うが、少なめの砂糖で煮た小豆を使ってみたところ、こちらの方が好きだと奈津美が言うので、以来、それが私の中で定番になった。蒸し器に入れて二十分ほど経った生地を取り出して、表面の水分をペーパータオルに吸い取らせる。一呼吸置いたところで小豆を散らし、その上から取り分けていた四割の生地を静かに流し込む。小豆の散らばり具合を体裁よく整えてからもう一度蒸し器に戻し、そこから十分ほど強火にかけて表面が固まったら出来上がりだ。 「そろそろかしらね」
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