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蓋を開けて確認し、型ごと中から取り出したところで門の呼び鈴が聞こえてきた。居間の柱に設置されたセキュリティ画面を見ると、見知った顔が写る。
家族ぐるみで懇意にしている医師の斎川恭輔氏だった。斎川家は代々医師の家系で、今は先代と親族で個人病院を経営しており地域の信頼も厚い。
「こんにちは。午前中の往診の予定がひとつ空いてしまって。ご迷惑かと思いましたが寄らせていただきました」
居間に通すと、斎川氏が一礼した。
「葉子さんの一周忌を終えられたそうですね。僕も挨拶がしたくて・・・」
斎川氏の実家は隣町で、夫の本間国男と彼は高校に至るまでずっと同級生だった。古くから家族ぐるみの付き合いだったと義母の葉子から聞いている。
なので、彼は我々を全員名前で呼ぶ。
カバン中から取り出した江戸紫の帛紗を開いて香典袋を丁寧な所作でテーブルに置き、微笑んだ。
「心ばかりですが、どうぞお供えください」
「・・・ありがとうございます」
就寝中に息を引き取った義母を発見した朝、電話一つですぐに駆けつけてくれたのも斎川医師だった。
それから葬儀が終わるまで動揺する私たちに親身になってくれ、何かと助けてくれた。
「それと、こちらは良子さんに」
出されたのはプラスチックのケースに詰まったさくらんぼ。
「あら」
つやつやと光る果実が、甘酸っぱい味を思い起こさせる。
「お好きですよね、くだもの。葉子さんがよくおっしゃってました」
義母は健康にとても気を付けていて、頻繁に医院を訪れていた。どうやらそのたびに家族のことを医師に話していたらしい。
「ご丁寧にありがとうございます。あの・・・。確かにそうではあるのですが、私と言うより・・・」
「・・・え?」
「奈津美です。あの子が、果物を食べている所があまりにも可愛いので、つい」
奈津美は前妻の娘で、自分とは血縁関係にない。
だけど、幼いころから可愛らしい子だった。
今でも鮮明に覚えている。
奈津美に初めて出会ったのは見合いの席だった。
早春の、広い和室。
閉じられた障子からやわやわと昼の光が差し込み、畳を温める。
大人ばかりのなかに、幼子がまるで置物のようにちんまりと座っていた。
白い、ひな人形のようなきめ細かい肌。
肩より少し上で切りそろえられた真っすぐな栗色の髪は艶々し、驚くほど大きな茶色の瞳と長いまつ毛。
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